ネットといじめ

ネットといじめは親和性が高い…そう言われて久しい。

私の子供の頃はいじめはありませんでした…そんな綺麗事は言えない。
いじめの舞台は体育館裏、倉庫、トイレ。おとなの目の届かない所だった。
深刻ないじめの数々。今でも新聞に載った中学生の名を幾つか覚えている。
でも、「体育館を取り壊せ」とは誰も言わなかった。

そんなときに、校内のトイレの改修工事の際、洗面台の鏡を大きくした学校の話を聞いた。
いじめの現場で人はどんな形相か。
人の尊厳を踏みにじるとき、人は人でいられない。人の心を失っている。弱者に対する想像力は微塵もない。
そんな顔を自分で見るのに耐えられるか。

鏡がいじめを客観視する手伝いをしたのだろう。この学校は急速に落ち着いたと聞く。

今は、「子どもたちからネットを取り上げるべき」、「学校が子どものネット環境の見回りと管理をすべき」との声が上がる。

せめて、ネットにも、あの“トイレの鏡”機能はできないか。
「その書き込み、本当に送信しますか? この言葉は相手を傷つけ、その人だけでなくあなたの人生も台無しにする表現が含まれています。」アラート音と共にポップアップが出てくる。いじめる側の心を映すかのように。

わたしにはこの技術はない。
だからきょうも、「送信をタップする前にちょっと考えて!深呼吸して!」と訴え続ける。

身近に鏡を置こう。