おとしもの

晩秋の駅前通り。日もとっぷり暮れた頃。歩道にきらりと光るもの。どうやら道ゆく人が落としたらしいクリアファイル。
拾い上げてみれば、綴じたれた印刷物とパンフレット、A5版の冊子が透けて見える。表紙の内容から、当地の市民大学校の“大人の社会科見学”の帰り道だったことがわかる。
楽しい思い出と心地よい疲れで気が緩んだのか、はたまた友人とのお喋りに夢中だったのか。「パサリ」のファイルの呼びかけも、耳に届かなかったらしい。

さて、どうしたものか。
日付けから、使い終わった社会科見学のしおり。でも、ご本人にとっては旅の思い出かもしれない。
立ち寄りそうな所を何ヶ所かたずねたが、問い合わせはなかったという。

こうなったら駅前交番へ。
中には先客。私より“お兄さま”と思しき人が手前の席に腰掛け、カウンター越しの若いおまわりさんと何やら書類を作っている。

「落とし物です。」
「ちょっとお待ちください。」
若いおまわりさんは“お兄さま”に断ってから私の元へ。奥にもおまわりさん達がいるのだが、どうやら別の任務があるらしい。
手順通りにおまわりさんは、届けた私と中身を確認していたその時だ。“お兄さま”が話しかけてくる。
「ああ、おまわりさん。私、この社会科見学に参加してきて。帰りのバスの中に落としたらしい。しおりに記名欄があるでしょ? ああ、〇〇さん。預かってやろうか?」
「ちょっとお待ちください。」
おまわりさんだって、職務として拾得物を預かる以上、書類を作らなければならない。届けられた以上、はいそうですかと第三者に渡す訳には…。
と、その時、背後のガラス戸がカラリと開き、
「あのぉ、落とし物したんですが。」と、私よりちょっと“お姉さま”の声がして。言うが早いか、
「おう、〇〇さん。届いてるよ。あんたはよかったねえ、しおりで。私は、ケータイだよ。個人情報の塊だよ。どうもバスの中。あはは。」
と、“お兄さま”。
「いえね。中に交換した連絡先、いっぱい書き込んじゃったの。ご迷惑かけられないって。探し回って。閉庁後の市役所にまで行ってきたの。ああ、拾ってくださったの?ありがとうございます。」
と、頬を赤らめた“お姉さま”。
「ちょっとお待ちください。」
と、若いおまわりさん。そりゃあ、後ろに控えているのは指導教官だもの。手順通りに進める。
「謝礼を受ける権利がありますが、どうなさいますか?」
いや、旅の思い出は彼女のもの。人様の思い出は分かちようがない。

しかし、この若いおまわりさん、「ちょっとお待ちください。」と、何度制したことだろう。
よっぽど、大人の社会科見学が楽しく気分が高揚しているのか。日本の“お兄さま・お姉さま”世代が元気なのか。不規則発言は続き、「ちょっとお待ちください。」が繰り返され…。

ひととおり書類の必要事項を書き込み、私は交番を後にした。

ケータイの中の個人情報。
手書きの個人情報。

大事にしてね。